1974 Weeping harp senoh & he's roller coater結成
1976 ウィーピング・ハープ妹尾(妹尾隆一郎)のソロアルバム『メッシン・アラウンド』(ビクター音楽産業)の録音に参加。
1977 小出斉(Vo,G)が参加。
1984 小町正明(Bs)が参加。
1984 ファースト・アルバム『That's Nothing New』発表。
(ヴィヴィド・レーベルよりCD化)
1986 セカンド・アルバム『Keep it Up』発表。
(ヴィヴィド・レーベルよりCD化)
1987 早崎詩生(Pf)が参加。
1991 3rdアルバム『ブギー・ディスカンター』(ヴィヴィド)発表。
1991 4thアルバム『サムシン・フォー・リトル・ウォルター』
(ヴィヴィド)発表。
1995 5thアルバム『キープ・オン・ゴーイン』(P-Vine)発表
1995 世界ハーモニカ・フェスティバルにて、リー・オスカー、ビリー・ブランチ等のバッキングを務める。
1996 ホンク・テナーの王者、ビック・J・マクリーニーのジャパン・ツァーでバック・バンドを務める。
1996 Dr、Bs、Vo/G、の最小編成でローラー・コースターのコンセプトするブルースを全国へ出前する「ちびコースター」として活動を開始。
1997 ちびコースターで都内及び東北ツァー2回、中部地方2回を成功させる。
1998 春、2週間で3,400Kmの西日本ツァー11ヶ所。東北ツァー4ヶ所。パークタワー・ブルース・フェスティヴァルでパイントップ・パーキンス、デイヴ・マイヤーズらとセッション
1999 妹尾が再脱退し、ちびコースターが実質上のローラー・コースターの活動となる。
1999 5月、アルバム結成25周年記念『25th』(サウスサイドレコード)発表。
2001 ちびコースター『ライブ・アット・ザ・ボトルネックカフェ』(サウスサイドレコード)発表。これには、サウスサイドレコードからの発表決定前にCD-Rでジャケット違いのレア・アイテムも発表されている。
現在は、ちびコースター名称での活動はせず、トリオでの場合もローラー・コースター名で活動。
2002 『ジャパン・インパクト』(サウスサイドレコード)発表。
2004 バンド結成30周年記念盤発表。
偉大な前任者が在籍した難しいポジションを手に入れたのは、若手ルーキー和田耕太郎。
 

ROLLER COASTER が今までにリリースしたCD・山崎よしき参加・プロデュースCD・小出斉著書の紹介はこちらです。
1974年東京・代々木「苺の目覚まし時計」写真左から山崎よしき(Dr)・森田誠(Ba)・高橋真一郎(マネージャー)・妹尾隆一郎(V,Har)・川口允(G)
Drums:山崎よしき
70年代初め中島正雄氏とスイートホームシカゴ結成。1974年妹尾隆一郎氏とローラーコースター結成。以来、日本のブルースシーンに君臨する。自身のドラムスクールで後身の指導にも精力的に活動。アルコールは一切受付けず。葉巻が大好き。
Vo,G:小出斉
1957年生。71年のB.B.キング来日をきっかけにブルースを聴き始め、ギターを手にする。76年在学中の音楽サークルで吾妻光良氏と出会う。77年ローラーコースターに参加。その後、 ローラーコースターの活動と並行して、ブルーヘヴンに参加。演奏活動の他に音楽誌、レコード・ライナー・ノーツなどで評論活動。石川二三夫氏、江川ほーじん氏、岡地曙裕氏とも活動中。
Ba:小町正明
1984年参加。元々はR&B畑のベーシストで、そのライブ中に山崎と出会う。安定感のあるブルースベースには定評がある。日本ブルース界ナンバーワンの大酒飲み。
Pf:早崎詩生
1987年参加。吾妻光良氏率いるザ・スウインギン・パッパーズのピアニストとしても活躍。プレイの最中にうなり声をあげるのでレコーディングの際にはマスクを着用。メンバー中、唯一マジメなサラリーマン。
vocals & harmonica:KOTARO
横浜を中心に活動してきた和田耕太郎。2002のレコーディングから参加。How Bad Have You Got It? から正式メンバーとなる。小出斉とのツインボーカルも聴きどころ。